神社にまつわる言葉
神の加護を願う神事について
日本人は、生まれてから死ぬまで何らかの形で神様と関わりをもちつづけます。
特に人生儀礼の神事は、一種の生活習慣として自然な形で、日本の文化に溶け込んでいます。
それは人生の節目を安全無事に乗り越えていくことを願うもので、人生儀礼や通過儀礼、イニシエーションともいわれます。
個人が神様と関わる最初は、母親の体内に生命が宿った瞬間からです。
妊娠と出産の時期には、子授けや子育ての神様に祈願します。
妊娠すると母体を守るための帯祝い(岩田帯と呼ばれる腹帯をする)を行い安産を祈願します。
出産を守護する神様は産神と呼ばれます。
誕生後は、2年間にわたり新生児の生命力を養うための儀礼があります。
お七夜(生後7日目の祝い)、宮参り(生後30日前後の氏神への初宮参り)、百日目の祝い、さらに初正月、初節句、初誕生などです。
赤ちゃんが無事に成長すると、次は成長の節目ごとに儀礼が行われます。
幼児期の通過儀礼である七五三祝い、十三参り、20歳の成人式を行い大人の仲間入りをします。
そもそも通過儀礼とは厄払いのことでもあり、成人してからも一定の年齢ごとに節目を設けて人生の無事を祝う儀式を行います。
その1つが厄年(一般的には、男性が25歳と42歳、女は19歳と33歳)です。
さらに年齢を重ねていくと年祝いを行いますが、これは60歳(還暦)、70歳(古希)、77歳(喜寿)、80歳(傘寿)、88歳(米寿)、99歳(白寿)などのお祝いです。
そして、人生の最後を迎えて亡くなると神葬祭が営まれ、個人の霊魂は神のもとに帰るとことになります。
神罰・崇り(たたり)とは?
神罰も崇りも、本来は神様が人間の不浄(ケガレ)な行いに怒って、何らかの禍(わざわい)をもたらすという考え方に基づくものです。
言葉の発生は崇りのほうが古く、「タタリ」とは神が人間の前に「タツ」ことを表わしたもので「夢枕にタツ」などと使われるように、目に見えない神が「出現する」ことを意味しました。
それが後に「物の化(もののけ=悪霊)」や「怨霊(おんりょう)」等の観念と結びつき、世の中を不安にする疫病の流行、自然災害、社会の異常現象、または個人の不幸や不運などは、神がひき起こすとする信仰(御霊信仰)として定着し、神罰といわれるようになりました。
人間が自然(神)と調和して生きていた時には、崇るという観念はなかったのです。
しかし、文明が進化して人間の心が自然から離れた結果、崇りの観念が強く意識されるようになったと考えられています。
神罰が下る理由は、神の意志にそぐわぬ言動、神の宿る場所や空間、神木などの依り代に対して敬意を払わなかったりすると罰を受けるといわれます。
神罰を受けると、本人が不幸や不運に見舞われるだけでなく、子孫にまで禍(わざわい)が及ぶこともあるとされています。
禊(みそぎ)・祓い(はらい)とは?
古来、日本人はケガレ(不浄)を忌み嫌い、ハレ(清浄)を尊みました。
そこでケガレを洗い浄めてハレになるために行なうのが禊・祓いの儀式です。
そのルーツは、神話でイザナギ命が海に入って黄泉の国(死者の国)の穢れを洗い流したことにちなんでいます。
ふつう「禊祓え(みそぎはらえ)」などともいわれますが、元々禊は身についたケガレを洗い流すことで、日常でもよく使われる「水に流す」という言葉もココに由来しています。
一方で祓いは人形や幣(ぬき)などに禍(わざわい)・罪・穢れを移して焼いたり川に流したりして身を浄め、ハレ(吉事)をまねく儀礼が起源といわれます。
しかし今ではそうした区別はなく、殆ど一体化しており、単に「祓い」ともいわれます。
穢れ(けがれ)とは?
ケガレは他に「汚れる」とも表されるように、本来清浄であるべきものが汚れ・不潔な状態になることを意味します。
これは物理的に見た目の汚さではなく、整った状態(秩序)が崩れるとか、善いものが悪くなるという意味から、人間の生命力(気・気力、霊力など)が弱まることとも考えられています。
つまり、清浄とは生命力が満ちあふれる状態になることであり、それが衰退したり失われている状態が不浄(ケガレ)なのです。
日本の民俗信仰においては、ケガレの発生源は死、出産、出血などに関わる事態で、その結果、死、病気、天変地異がもたらされることから、ケガレに触れたものもケガレとなると考えられていました。
いずれにせよケガレというのは、人間の生命力を害するものだという観念が基本になっています。
また、そのケガレが取り除かれた状態をハレ(晴れ)といいます。
神輿(みこし)とは?
神輿とは、神霊の乗り物である御輿(みこし)のことで、神が遊行(ゆうぎょう:神幸祭などで、神霊が本殿から仮宮に移動)するときに使われます。
お祭りで神輿が練り歩くのは、神霊の遊行を意味しています。
神輿の形は、平安時代の高貴な人の乗り物(御輿)をモデルにしたもので、時代を追ってしだいに豪華なものになっていきました。
神楽(かぐら)とは?
神楽とは、神を祀るために神前で行なわれる芸能のことです。
その起源は、天岩戸神話におけるアメノウズメ命の神懸かり的な踊りとされています。
神楽も含めて、神祭りにおいて神を歓待し慰めるために行なわれる歌舞音曲(かぶおんぎょく)、あるいは様々な演技や競技のことを神態(かみわざ)といい、そこから多くの芸能が発生したとされています。
今日の神楽は、歌舞を中心にしたもので、大別すると皇室で行なわれる内侍所(ないしどころ)御神楽と民間に伝承される里神楽があります。
里神楽は地方によってさまざまな形で行われており、その伝承形態によって出雲神楽、伊勢神楽、巫女神楽、獅子神楽などと呼ばれます。
祝詞(のりと)とは?
神祭りの儀式において祭司(神主)が、神の前で唱える言葉を祝詞といいます。
祝詞は大きくわけると、神事の始めにまず神職や参列者のお祓いを行なうための祓詞(はらえことば)と、神に対して祀る側(人間)の意志や願望を申し上げる祝詞があります。
祝詞には、末尾が「宣る(のる)」で終わる宣命式(せんみょうしき:祭りに従事する神主などに「神に対
してこれこれのことを申し上げなさい」と指示するいい方)と、「申す(まほす=白す)」で終わる奏上式(神に直接奏上するいい方)の二種類があって、祭りによって使い分けられています。
なお、祝詞は神が宣下(せんげ=命令)する言葉であるという解釈もありますが、現存する最古の祝詞は、すべて神に奏上する形式になっていて宣下の形式はみられません。
榊(さかき)とは?
玉串などに使われる常緑樹です。
昔から清浄さを表わす樹木とされていました。
天岩戸神話に、アメノフトダマ命が岩戸に隠れたア了アラス大神を祀るために榊で立派な玉串をつくったとあります。
玉串とは?
玉串の語源に関しては、神前に手向ける「手向串(たむけぐし)」などの諸説あります。
榊の枝に紙垂(和紙を細長く切ったもの)をつけた神に捧げる供物のひとつで、今日でも神社で神主の祈祷をしてもらうときや地鎮祭などで玉串を捧げます。
その行為を神道用語で玉串奉莫(たまぐしほうてん)といい、神の意志に従う気持ちを表わしながら、且つ神とのコミュニケーションを確認するという意味があります。
一般的な作法は、玉串の根本を神様に向けて捧げるます。
ご神木(ごしんぼく)とは?
ご神木とは、神社や神域にある神聖な樹木のことです。
いわゆる霊木・霊樹のことで、巨木や老樹など、特徴のある樹木に神霊が宿るという考え方にもとづくもので、言い換えると神霊が来臨する目印といえます。
神社では、注連縄(しめなわ)を張り、柵で囲うなどして「ご神木」であることを示しています。
一般的に神社の「ご神木」は杉が多いですが、祭神の由緒にちなむ樹木の場合もあります。
鎮守神(ちんじゅしん)とは?
鎮守神は、一定の土地や地域を守護する神のことです。
新しい家を建てるときに行なう地鎮祭もこの神を祀るものです。
現在では一般的に村氏神、産土神と同じ意味で用いられるようになりました。
私たちの地域にある鎮守様、氏神様といわれる神社には、地域の祖先神から発展した神霊と、有力な霊威神を勧請した神霊が併せて祀られている場合がかなり多くみられます。
地域社会の人々は、新たに力のある神様を受け入れることで自分たちの氏神のパワーを高めようとしました。
氏神(うじがみ)・産土神(うぶすながみ)とは?
地域に密着して、その土地に古くから祀られている歴史のある神社は、殆どが氏神や産土神としての性格をもっていることが多いです。
氏神とは、古代の氏族の守り神のことです。
先祖神や有力な霊威神を守護神として祀りました。
後に地域の守り神である土地神や産土神が氏神として祀られたのです。
現在では地域社会の守り神の村氏神、個々の家の守り神の屋敷氏神、一族・一門の守り神の一門氏神などの性格に分けられます。
そもそも産土神の産土とは、人が生まれた土地のことをさし、祖先伝来の土地に宿る神霊であり、その土地の守護神とされています。
一般的に鎮守様と呼ばれる社の祭神はこの産土神です。
また、産土神はその土地に生まれた個人の守護神として、他の土地に移ってもついてまわるといわれます。