「日本書紀」とは?
日本書紀(にほんしょき、やまとぶみ)と呼ばれる、奈良時代に成立した日本の歴史書で、日本における伝存最古の正史で、六国史の第一にあたります。
舎人(とねり)親王らの撰で、720年(養老4年)に完成し、神代から持統(じとう)天皇の時代までを扱う書物です。
もとの名称が『日本紀』だったとする説と、初めから『日本書紀』だったとする説があります。
『日本紀』とする説は、『続日本紀』の上記記事に「書」の文字がないことを重視します。
中国では紀伝体の史書を「書」(『漢書』『後漢書』など)と呼び、帝王の治世を編年体にしたものを「紀」(『漢紀』『後漢紀』)と呼んでいました。
この用法に倣ったとすれば、『日本書紀』は「紀」にあたるものなので、『日本紀』と名づけられたと推測できます。
『日本書紀』に続いて編纂された『続日本紀』・『日本後紀』・『続日本後紀』がいずれも書名に「書」の文字を持たないこともこの説を支持していると言われます。
この場合、「書」の字は後世に挿入されたことになります。
『日本書紀』とする説は、古写本と奈良時代・平安時代初期のような近い時代の史料がみな『日本書紀』と記していることを重視しています。
例えば、『弘仁私記』序、『釈日本紀』引用の「延喜講記」などがそうです。
『書紀』が参考にした中国史書は、『漢書』『後漢書』のように全体を「書」としその一部に「紀」を持つ体裁をとります。
そこでこの説の論者は、現存する『書紀』は、中国の史書にあてはめると『日本書』の「紀」にあたるものとして、『日本書紀』と名づけられたと推測されます。
日本書紀の原資料は、6世紀の中頃欽明天皇の時代に言い伝えを元にして日本の歴史をまとめた『帝紀』・『旧辞』、諸氏の伝承などを取り入れているとされています。
なお、620年(推古28)に聖徳太子や蘇我馬子によって編纂されたとされる『天皇記』・『国記』の方がより旧い史書ですが、645年(皇極4)の乙巳(いつし)の変とともに焼失しました。
この後を受けて、歴史書が編纂されています。
なお、『日本書紀』本文中に書名をあげて引用されている文献として次のようなものがありますが、いずれも現存していません。『日本旧記』・『日本世記』・『伊吉連博徳書』・『難波吉士男人書』・『百済記』・『百済新撰』・『百済本記』など。
『日本書紀』の編纂は国家の大事業であり、天皇家や各氏族の歴史上での位置づけを行うという、極めて政治的な色彩の濃厚なものでした。
編集方針の決定や原史料の選択は、政治的に有力者が主導したものと推測されています。
『日本書紀』の構成
●卷第一
神代上(かみのよのかみのまき)
第一段:天地のはじめ及び神々の化成した話(天地開闢)
第二段:世界起源神話の続き
第三段:男女の神が八柱、神世七世(かみのよななよ)
第四段:国産みの話
第五段:国産みに次いで山川草木・月日などを産む話(神産み)
第六段:イザナキ死に、スサノオは根の国に行く前にアマテラスに会いに行く。
アマテラスはスサノオと誓約し、互いに相手の持ち物から子を産む。(アマテラスとスサノオの誓約)
第七段:スサノオは乱暴をはたらき、アマテラスは天の岩戸に隠れてしまう。
神々がいろいろな工夫の末アマテラスを引き出す。
スサノオは罪を償った上で放たれる。(岩戸隠れ)
第八段:スサノオが出雲に降り、アシナヅチ・テナヅチに会う。
スサノオがクシイナダヒメを救うためヤマタノオロチを殺し、出てきた草薙剣(くさなぎのつるぎ)をアマテラスに献上する。
姫と結婚し、オオナムチを産み、スサノオは根の国に行った。
●卷第二
神代下(かみのよのしものまき)
第九段:葦原中国の平定、オオナムチ父子の国譲り、ニニギの降臨、サルタヒコの導き、ヒコホホデミらの誕生。(葦原中国平定・天孫降臨)
第十段:山幸彦と海幸彦の話
第十一段:神日本盤余彦尊(かむやまといはれびこのみこと)誕生
※卷第三より以降の漢風諡号は、『日本書紀』成立時にはなく、その後の人が付け加えたものと推定されている。
●卷第三
神日本磐余彦天皇(かむやまといはれびこのすめらみこと)神武天皇
●卷第四
神淳名川耳天皇(かむぬなかはみみのすめらみこと)綏靖天皇
磯城津彦玉手看天皇(しきつひこたまてみのすめらみこと)安寧天皇
大日本彦紹 友天皇(おほやまとひこすきとものすめらみこと)懿徳天皇
観松彦香殖稲天皇(みまつひこすきとものすめらみこと)孝昭天皇
日本足彦国押人天皇(やまとたらしひこくにおしひとのすめらみこと)孝安天皇
大日本根子彦太瓊天皇(おほやまとねこひこふとにのすめらみこと)孝霊天皇
大日本根子彦国牽天皇(おほやまとねこひこくにくるのすめらみこと)孝元天皇
稚日本根子彦大目目天皇(わかやまとねこひこおほひひのすめらみこと)開化天皇
●卷第五
御間城入彦五十塑殖天皇(みまきいりびこいにゑのすめらみこと)崇神天皇
●卷第六
活目入彦五十狭茅天皇(いくめいりびこいさちのすめらみこと)垂仁天皇
●卷第七
大足彦忍代別天皇(おほたらしひこおしろわけのすめらみこと)景行天皇
稚足彦天皇(わかたらしひこのすめらみこと)成務天皇
●卷第八
足仲彦天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)仲哀天皇
●卷第九
気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)神功皇后
●卷第十
誉田天皇(ほむだのすめらみこと)応神天皇
●卷第十一
大鷦鷯天皇(おほさざきのすめらみこと)仁徳天皇
●卷第十二
去来穂別天皇(いざほわけのすめらみこと)履中天皇
瑞歯別天皇(みつはわけのすめらみこと)反正天皇
●卷第十三
雄朝津間稚子宿禰天皇(をあさづまわくごのすくねのすめらみこと)允恭天皇
穴穂天皇(あなほのすめらみこと)安康天皇
●卷第十四
大泊瀬幼武天皇(おほはつせのわかたけるのすめらみこと)雄略天皇
●卷第十五
白髪武広国押稚日本根子(しらかのたけひろくにおしわかやまとねこのすめらみこと)清寧天皇
弘計天皇(をけのすめらみこと)顕宗天皇
億計天皇(おけのすめらの天皇)仁賢天皇
●卷第十六
小泊瀬稚鷦鷯天皇(おはつせのわかさざきのすめらみこと)武烈天皇
●卷第十七
男大述天皇(おほどのすめらみこと)継体天皇
●卷第十八
広国押武金日天皇(ひろくにおしたけかなひのすめらみこと)安閑天皇
武小広国押盾天皇(たけをひろくにおしたてのすめらみこと)宣化天皇
●卷第十九
天国排開広庭天皇(あめくにおしはらきひろにはのすめらみこと)欽明天皇
●卷第二十
淳中倉太珠敷天皇(ぬなかくらのふとたましきのすめらのみこと)敏達天皇
●卷第二十一
橘豊日天皇(たちばなのとよひのすめらみこと)用明天皇
泊瀬部天皇(はつせべのすめらみこと)崇峻天皇
●卷第二十二
豊御食炊屋姫天皇(とよみけかしきやひめのすめらみこと)推古天皇
●卷第二十三
長足日広額天皇(おきながたらしひひぬかのすめらみこと)舒明天皇
●卷第二十四
天豊財重日足姫天皇(あめとよたからいかしひたらしひめのすめらのみこと)皇極天皇
●卷第二十五
天万豊日天皇(あめよろづとよひのすめらみこと)孝徳天皇
●卷第二十六
天豊財重日足姫天皇(あめとよたからいかしひたらしひめのすめらみこと)斉明天皇
●卷第二十七
天命開別天皇(あめみことひらかすわけのすめらみこと)天智天皇
●卷第二十八
天淳中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみことのかみのまき)天武天皇 上
●卷第二十九
天淳中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみことのしものまき)天武天皇 下
●卷第三十
高天原広野姫天皇(たかまのはらひろのひめのすめらみこと)持統天皇
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用
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